【(株)ユーグレナ創業当初の苦難】

創業期の試練を越えて上場

 

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華々しいスタートを切った(株)ユーグレナは試練に見舞われます。

 

それを乗り越えて上場を果たすまでの経緯をご紹介します。

 

ライブドア禍のあおりを食って

ミドリムシの大量培養についに成功した2005年年末。

 

祝賀気分で迎えた2006年の1月16日、ライブドアのオフィスに東京地検特捜部の強制調査が入ります。

 

(株)ユーグレナは、ライブドアと関係があるというだけで、ほとんどの取引先に関係を断たれます。

 

営業担当役員の福本氏は、一件も新規開拓が取れません。

 

一から出直しても続く拒絶

出雲社長は全財産を投げ打ち、ライブドアから株を買い戻して関係を断ちます。

 

しかし、旧取引先は取引再開に応じてくれません。

 

福本氏もサプリがさっぱり売れません。

 

出雲氏にとっては、人生で初めて頭で考えた戦略が通用しない3年間でした。

 

それに彼らはどう対応したか?

 

とにかく、がむしゃらにやる!−それだけです。

 

ほとんどすべての会社に営業した、といえるほどひたすらに売り込んだそうです。

 

成毛眞氏の支援

こんな四面楚歌の状況でしたが、心強い支援者が現れます。

 

元マイクロソフトの成毛眞さんで、投資するとともに優秀な若手社員を派遣してくれたそうです。

 

その若手社員はユーグレナの方が面白くなって、その後移籍してしまいました。

 

成毛氏は移籍した若手にも(株)ユーグレナにもエールを送り続けたそうです。

 

追い風も迫りくる倒産

そんな中、「不都合な真実」という映画が公開され、地球温暖化への関心が高まります。

 

ミドリムシに興味を持つ人も増え、追い風が吹きつつあるのが感じられました。

 

しかし、現実の会社経営はどうかというと、もう倒産寸前です。

 

3人の役員の月給は10万円程度でしのいでいる有様でした。

 

転機

ここで大手商社の伊藤忠商事が提携をもちかけてきます。

 

福本氏も家業との兼業をやめて専念し、驚異的な営業結果を出します。

 

伊藤忠との提携が世に知られるようになると、世間の反応が大きく変わってきました。

 

石油会社、航空会社、ゼネコンなどが次々に関心を持ってくれるようになりました。

 

墜落しかかっていた会社の機首が上を向きました。

 

新たに開けた燃料としての可能性

ミドリムシが燃料としての可能性も持つことは、1990年に頓挫したニューサンシャイン計画ですでに指摘されていました。

 

しかし、出雲社長らはそれはあくまでも仮定の話と捉えていました。

 

ここでそれを現実の可能性として探ってみようとする人物が現れます。

 

新日本石油(後のJX日鉱日石エネルギー)の太田晴久氏です。

 

燃料のプロが分析した結果、ミドリムシはジェット燃料の原料として非常に優れていることがわかりました。

 

ANAとJALから再生可能なエネルギーによるジェット燃料開発の依頼もあって、新しいプロジェクトがスタートします。

 

JX日鉱日石エネルギー、日立プラントテクノロジー、ユーグレナの3社によるミドリムシからのバイオジェット燃料開発です。

 

上場、そしてさらなる未来へ

上昇気流に乗った(株)ユーグレナは、2012年11月に東証マザースに上場を果たします。

 

同年、日本で最も活躍しているベンチャーに与えられる「経済産業大臣賞」を受賞。

 

しかし、彼らの夢はまだ始まったばかりです。

 

ミドリムシでジェット機を飛ばさねばなりません。

 

バングラデシュの貧しい人々に食品として受け入れてもらい、栄養状態を改善せねばなりません。

 

夢の実現に向けて、今日も彼らは全力で働いています。

 

 

 

(株)ユーグレナの歴史に関する記述は、同社社長・出雲充氏の著書「僕はミドリムシで世界を救うことにしました。」に基づいています。

 

このように(株)ユーグレナは単なる健康食品のメーカーではなく、人類の未来を変えるほどの壮大な可能性を秘めたベンチャーなのです。

 

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