【ユーグレナ(ミドリムシ)培養研究史】

日本ベンチャーによる成功までの苦難の歴史

 

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誰も成功できなかった大量培養

今、ユーグレナがブームになっていますが、ユーグレナの優れた性質自体はずいぶん昔から知られていました。

 

ただ、食品に使えるような低コストでの大量培養をする技術がなかったから、今まで諦められていたのです。

 

1950年代から多くの人が大量培養を試みましたが、長い年月が経つのに誰一人成功していませんでした。

 

日本でもユーグレナ実用化の研究プロジェクトが挫折していました。

 

後に(株)ユーグレナを起業する出雲充氏は東大の学生時代にミドリムシと出会いました。

 

彼が目をつけたユーグレナ実用化は、10年も前に既に失敗していたのです。

 

ニューサンシャイン計画

失敗したユーグレナ実用化研究の名は「ニューサンシャイン計画」です。

 

きっかけは、1989年に近藤次郎東京大学名誉教授が発表した論文。

 

タイトルは「地球環境を閉鎖・循環型生態系として配慮した食料生産システム ユーグレナの食料資源化に関する研究」。

 

次のような内容について詳細な計画が書かれていました。

 

  • ミドリムシを大量培養して栄養豊かな食料として利用する。
  • 燃料としても利用できる。
  • 二酸化炭素を吸収させて、地球温暖化を食い止める。

 

近藤名誉教授の教えを引き継いで、二人の学者が中心になってサンシャイン計画を推進します。

 

東京大学の大政謙次教授と大阪府立大学の中野長久(よしひさ)教授です。

 

しかし、実験を重ねに重ねても成果は得られず、2000年にサンシャイン計画は終了します。

 

希望に燃えた出雲氏はちょうどその年に二人を訪ね、厳しい話を聞かされたのでした。

 

サンシャイン計画は素晴らしい構想でしたが、すべては「もし大量培養できたら」という仮定の上の話で終わってしまったのです。

 

ユーグレナ培養が難しい理由

しかし、ミドリムシの培養の何がそんなに難しいのか?

 

そこいらの池にもいる藻・プランクトンで、特段珍しいものでもないのだから、簡単に増えそうなものです。

 

実はミドリムシを増やすこと自体は簡単なのです。

 

難しいのはミドリムシだけを増やして、他の生き物が混じるのを防ぐことです。

 

ミドリムシは食物連鎖の最底辺に位置し、他の生き物のエサになる存在です。

 

しかも、並外れた栄養価を持つごちそうです。

 

ひとたび他の生き物が混じれば、あっという間に食べつくされます。

 

実験室の無菌状態で培養すれば、もちろん他の生物の混入は防げます。

 

しかし、それでは月に耳かき一杯しかできず、食糧や燃料としてはコストが合いません。

 

プールで培養できる技術を確立できなければ、実用は無理なのです。

 

出雲&鈴木が研究を引き継ぎ

21歳の出雲氏は、このような状況を知ってもなお、ミドリムシの実用化を進める決意をします。

 

両教授は最大限の情報提供をします。

 

しかし、すぐに起業したわけではなく、出雲氏は銀行に就職。

 

相棒の東大農学部の天才研究者・鈴木健吾氏は博士課程に進み、は実験室で研究を続けます。

 

ミドリムシの培養研究は、出雲&鈴木のプライベートなプロジェクトとして進められました。

 

2005年には鈴木氏の研究は、プールでの培養実験ができる段階までこぎつけました。

 

同年、25歳の時に出雲氏は(株)ユーグレナを立ち上げました。

 

逆転の発想でついに成功

しかし、その後も何度も生物汚染に見舞われて、ミドリムシは全滅します。

 

他の生物の混入を防ぐのは本当に至難の技です。

 

そこで彼らは発想を変えました。

 

他の生物の混入を防ぐのではなく、ミドリムシしか生きられない環境条件を見つけるのです。

 

これにより、2005年の12月に、ついに彼らはミドリムシの大量培養に成功しました。

 

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