【出雲充ユーグレナ社長の生い立ち】

東大卒社長の意外な素顔

 

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(株)ユーグレナを率いる東大卒社長・出雲充さんとはどんな人物なのでしょうか?

 

著書をもとに、ユーグレナをビジネスにするアイデアに出会うまでの人生をまとめました。

 

幼少時代

出雲充氏は1980年、広島県呉市で生まれました。

 

しかしお母さんが里帰りして産んだというだけで、家は川崎市でした。

 

2歳の時に多摩ニュータウンに引っ越し、東京都とは思えない豊かな自然の中で育ちます。

 

会社勤めのお父さんと専業主婦のお母さん。

 

「典型的なニュータウン・ファミリーだった」と彼は著書の中で回想しています。

 

この頃すでに、ザリガニやカブトムシを養殖して儲けようとしていて、未来の片鱗が伺えます。

 

中学・高校時代

私立の駒場東邦という中高一貫の進学校に入学。

 

ここで過ごした6年間が彼の性格形成に大きな影響を与えたそうです。

 

校風は灘やラ・サールと対照的に、勉強せずに好成績を上げるのがカッコいいという価値観があり、それが気に入っていました。

 

男子同士でつるんで、とても充実した青春を過ごしたようです。

 

進学校でありながら勉強一辺倒ではなく、自分のやりたいことをやれる空気がありました。

 

中3の時にはインターネット同好会を立ち上げたりしています。

 

中高時代の将来像は、国連の職員になって世界の恵まれない人々の役に立つことでした。

 

またこの頃、弁舌とリーダーシップに長けた同級生と出会い、親友になりますが、自分にはない資質を見て、コンプレックスを抱くようにもなります。

 

東大時代 前半

東大の文科三類に進んだ彼は、1年の夏休みにバングラデシュのグラミン銀行のインターンシップに参加します。

 

グラミン銀行というのは、マイクロファイナンスという手法でバングラデシュの貧困層の自活を助けて成果を上げている組織です。

 

バングラデシュでの体験で、現地の現実を知らないと救うことなどできないことに彼は気づきました。

 

国連職員になるというのは、自分の道ではないと考え始めました。

 

学生ビジネスコンテストを主催するサークル「KING」に入り、リーダーを引き継ぎます。

 

2年の時には自分がリーダーになって、スタンフォード大学の学生を招いたビジネスコンテストを開催します。

 

その縁で米国西海岸に行き、ベンチャーの本場で刺激も受けました。

 

また、このサークルでは後に(株)ユーグレナの取締役になる後輩・鈴木健吾氏にも出会っています。

 

衛星放送スカパーが主催する大学生投資コンテストに二人で参加し、圧倒的勝利を収めました。

 

参加者の中で二人だけが投資の素人だったため、鈴木氏の案で奇策に出ます。

 

よけいな判断を入れず、ノーベル経済学賞に輝くブラック・ショールズ理論に忠実にやってみるということです。

 

この時、出雲氏は鈴木氏の天才的な数学能力を目のあたりにします。

 

東大時代 後半 農学部に転部

東大時代前半のバングラデシュやビジネスコンテスト体験を通じて、出雲氏の将来像は具体的になっていきました。

 

それは「ビジネスを通じて飢えに苦しむ人に栄養素を提供していきたい」ということです。

 

彼は農学部への転部を決意します。

 

当時9つあった専門の中で、彼が選んだのは農業構造経営学専修。

 

理科的・技術的な研究一辺倒ではなく、人間にとってよりよい農業のあり方を研究するものです。

 

この学部に進んだことで、彼はついにユーグレナをビジネスにするという「運命」に出会います。

 

この続きは「出雲充社長とミドリムシの出会い」のページで読めます。

 

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